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ナベサンの変遷と略歴

ナベサン初代、渡辺英綱は1947年3月25日生まれ。現在福島県いわき市草野村出身。新宿歌舞伎町の喫茶店「スリーコーナー」喫茶店「スカラ座」新宿三丁目、老舗ロシア居酒屋「どん底」花園神社脇の文壇バー「モッサン」三越裏の居酒屋「ドンガバチョ」などでアルバイトし、『週刊読書人』を経て1973年作家の長谷川四郎氏や紀伊國屋書店社長田辺茂一氏等の後楯を得て、新宿ゴールデン街に「ナベサン」開店。当時の夫人稔実さんと切り盛り。「種田山頭火論」「寺山修司論」を『別冊新評』に、「花田清輝論」を『磁場』に、「三島由起夫論」を『伝統と現代』に、「関根正二論」を『ボザール』に発表。その他、『映画芸術』に映画評論や、『噂の真相』に歌謡評論等々。2003年食道癌にて病没。

主な著書に

1986年 「新宿ゴールデン街」晶文社

1994年 岩波ブックレット「国際都市新宿で何が起きているか」岩波書店

2003年 ラピュタ新書「新編 新宿ゴールデン街」をふゅーじょんぷろだくと

2004年 小説「鶴ちくしょう」壮神社

告知!!今年2016年「新宿ゴールデン街」は講談社α新書で文庫化される予定!!

現在の店主、渡辺ナオは1994年に渡辺英綱(ナベさん)と婚姻し、お店を手伝い、2003年病没後はお店を継ぎ主人となった。


『時言』新宿ゴールデン街 001


 

「追想―メモリアル」

2003年05月30日 共同通信から配信

◎新宿の酒場で文化の灯をともし続けたスナック店主、
渡辺英綱(わたなべ・ひでつな)さん 2003年4月23日、56歳で死去

歌舞伎町の片隅で、戦後のバラックの雰囲気を残す新宿ゴールデン街。急な階段を上った二階の酒場が「ナベサン」。劇団員や作家が夜な夜な集まる空間で、酒を片手に文学論などを交わす輪の中心にいた。才能のありそうな若者には「おまえはばかか。勉強しろ」と頭をたたきもした。

 三十年近く通った元編集者の山田馨さん(62)は「この街はかつて反体制のエネルギーを持つ連中が議論やけんかに明け暮れ、新宿を起点とした文化をつくろうとした。ナベはそうした大きな渦の一つだった」と語る。
 一九四七年、福島の農村生まれ。文学に恋して十八の春に上京。たどり着いた先は新宿の文壇バーで、書評紙記者もしたが、飲み代を払うためバイトをするはめになった。常連客の作家埴谷雄高さんらにかわいがられ、七一年、二十四歳で自分の店を持った。新宿は若者のアングラ文化の拠点という熱い時代だった。
 「客には売れない文筆家が多かったが、かわいがった。逆に売れ出すとけんか別れしたことも。素直じゃないが純粋だった」と出版社勤務の秋山豊さん(58)。
 二〇〇一年暮れ、声が出なくなった。食道がんだった。今年三月、ホスピスに入院した時には全身をむしばまれていた。それでも執筆意欲は衰えず、私小説の構想も練っていた。「新編・新宿ゴールデン街」(ラピュタ新書)の完成を心待ちにしていたが、本が届いたのは告別式の日だった。
 見舞いに度々足を運んだ歌人福島泰樹さん(60)は友を亡くした日、ばん歌を書き殴り、泣いた。
 <明るさの向こうにせめぐ暗黒の 灯の闇を見きさむざむと見き>
 その五日後、二十六歳年下の妻、菜穂子さんは店の灯を再びともした。「ホスピスで約束したから。『おまえが開店七十年まで続けろ』って」(共同通信記者・関口康雄)

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